「私が死んでから後悔すればいい」父親への憎しみの裏に隠された本心

aragakisan

6月も終わりに差し掛かったある梅雨の日。

大阪府に住む21歳の新垣 氷魚(@Hio_Aragaki)さんは、うつ病や発達障害を抱える中で感じた「死にたい」という叫びを、cotonohaにぶつけてくれました。

コロナウイルスの影響で父親が在宅勤務になったことにより、さらに希死念慮が強まった新垣さん。たまたま父親が出勤しているある日を「チャンスだ」と捉え、自殺しようと思い立ちます。

しかし、これまでリストカットやOD(オーバードーズ)を繰り返しながらも、死に対する恐怖から死にきれなかったという新垣さん。その日もまた、死への恐怖で手が止まってしまいました。

今回は幸いにも、cotonohaを思い出して相談していただき、そのあふれる気持ちをぶつけてくれました。

中2で母親と死別…「父にも死んで欲しい」と願う新垣さん

「中2のときに母の病気が見つかったんです。すでにステージ4に進行していたので、母を含めてみんなが相応の覚悟をしていました」

一見すると悲しいエピソードに聞こえますが、新垣さんはケロリとした声で続けました。

「でも、いなくなってくれてホッとしました。母親が死んでいなかったら、私の人生はもっと狂っていたし、今はもう生きていなかったと思います」

予想外の返答に驚きながらも、母親との関係性や「死にたい」と思う理由について尋ねてみました。

「母のことや、私の死にたさを説明するために、まず父親のことを紹介させてください」

自身の父親について、『一言で言えば人間性がクソ』とばっさり切り捨てた新垣さん。しかし、話を聞いていくうちに私も同様の印象を抱くようになりました。

「父親は監視する癖を持っていて、母親や私の生活を余すことなく知ろう、としているみたいでした。会計士として働く父は確かに頭が良くて、社会的にも必要とされている人間なのだと思います。でも、人間性は本当に幼稚なんです」

新垣さんは、父親の精神性を象徴する面白いエピソードがある、と言いながら次のように話します。

「母が亡くなったあと、父親は家の下駄箱の上に監視カメラを設置したんです。理由を尋ねると『お前は断りきれない性格だから、家に招きたくない友人を上げてしまったりするかもしれないだろう』と説明されました。正直、その理由には全くピンときていなくて」

他にも、わざわざ新垣さんの部屋に自身のひげ剃りを置いて、毎朝それを理由に部屋に入るなど、「監視したい」という父親の欲望を象徴するようなエピソードの数々が飛び出します。

「父は、家庭に入った女性はすべて自分のものだ、という感覚を持っているんです。だから何をしても良いと思っているし、『私は人間として扱われていない』と感じています」

100%自分に非があるような出来事についても謝罪できない父親に対して、新垣さんが抱いた不信感はどんどん強まっていったといきました。

「父が死んでくれたら、私は生きていけるんです。父が生きている限り私はずっと苦しいままで、何もできない。だからどちらかが死ぬべきだと思うんですが、社会的に評価を受けている父と、うつ病や発達障害で働けない私。死ぬべきなのは明らかに私だから、もう死ぬことは決まっています。でも、一歩が踏み出せない」

「大切にできるなら、どうして…」涙ながらに語った父への想いと恨み

父親に死んで欲しい、と願う新垣さん。

しかし、母親が逝去する前の話を伺っていると、小さな嗚咽といっしょに隠されていた本音が聞こえてきました。

「家庭にいる女性はみんな自分のものだ、と考えている父親が、末期がんの母親を前にして、必死になって治療方法を調べていたんです。他にも、抗がん剤の副作用を抑えるために、母親に色々してあげていました。そんな風に優しくできるなら、大切にできるなら、どうして私にはしてくれないの…って……

そこから、ぽつり、ぽつりと、新垣さんの自殺未遂や希死念慮の裏側に隠された想いが語られていきました。

「私がお風呂場で手首を切って血を流していれば、流石にあの人(父親)も気づくだろうって。『何やってんねん?』って駆け込んで来ると思うんです」

自虐的な口ぶりで、新垣さんはさらに続けます。

「その状況を見て、父親はまず自己保身を考えると思います。『まずいことになった…』と。そのあと、私が生きていたら周りの人に理由を尋ねられるでしょう? そしたら、私は父親が言われたくないことを話してしまいますから、父親には『それを恐れて態度を変えろよ』というメッセージになるんです」

「もし私が死んだときは、自分のしてきたことを後悔すればいい。父親、ざまあみろ、って気持ちです」

「お父さんと仲良く暮らしたい」という気持ちがあるのではないか、と思い尋ねてみますが、すでに父親との関係修復は不可能だと言います。

「もうそういう前向きな願いはなくって。今はもう、ただどちらかが死ぬ以外に道はないし、私が生きていくためには父親が死なないといけない。それだけなんです」

本当は自信がなく、弱い自分を隠そうとする父親

新垣さんの口から語られる父親の姿を聞いて、筆者は新垣さんの父親を、どうしても「強い人」だとは思えませんでした。そこで、新垣さんに「お父さんをどういう人だと思いますか?」と尋ねてみます。

「社会的には成功しているけれど、幼稚な人だなぁと思います。強いか弱いかって考えたことはあまりなかったかな…」

新垣さんの父親のように、人を監視下に置きたがる人は基本的に何かに恐れているものです。その証拠に、新垣さんは父親に「誰の金で食っていけてると思ってるんだ」という言葉を吐かれていました。

これは暗に「俺の金で生活できてるんだから、俺に逆らうな」という意図としても受け取れます。つまり本心では「逆らわれるのが怖い」のでしょう。心根の部分では自信がなく、他者からの評価に非常に敏感な人間性をよく表していると思います。

新垣さんは自分のことを弱いと思っているかもしれませんが、父親も新垣さんと同じような弱さを抱えているのではないでしょうか、と伝えると、新垣さんは静かに感心してくれました。

「そういう視点で父親を見たことはありませんでした。でも言われてみるとその通りかもしれません」

新垣さんが子供として養われている状況では、父親も「親としての自分」であり続けなければなりません。同様に、新垣さん自身も対等な「大人としての関係」を結ぶことは難しくなってしまいます。

筆者は新垣さんに自立することを勧めますが、社会や仕事というものに対して苦手意識を持っているようでした。

社会との隔絶から見えてくる本当の課題

「以前、ホテルの清掃のアルバイトをしたことがあるんです。でも私は物覚えが悪くて、不器用で、1日で仕事を辞めてしまいました。私がいることで迷惑をかけてしまうんじゃないかって思うと、どうしても難しくて…」

”自分は役割をまっとうできるし、自分には可能性がある”という感覚は、カナダの心理学者バンデューラによって「自己効力感(Self-efficasy)」と名付けられています。

バンデューラの仮説になぞらえれば、新垣さんの自己効力感はかなり弱まっているようでした。

また、1日目から仕事を完全にこなさなければならない、という感覚にも、非常に強い完璧主義的な意識を感じます。自己効力感が弱いと、成功か失敗かの二元論的な思考に陥りやすくなり、結果として極端に失敗や迷惑をかけることに恐怖を抱くようになると考えられるでしょう。

1日目から仕事が上手くできる人はいませんよ、と新垣さんに伝えますが、喪失した自信は今の環境にいる間は回復しないように思えました。

「実は、私は発達障害も抱えているんです。それもあって、自分の強みとか、活かせることが分かりません」

そう語る新垣さんですが、苦しい環境にいながら父親や母親の心理を推察したり、抽象的な概念を言語化する能力には非常に長けていました。現に、父親や母親のことを語る際には状況だけでなくその背景まで汲み取って、わかりやすく相談してくれたのです。

そのことを告げると、新垣さんはおずおずと自分の得意なことを紹介してくれました。

「ずっと短歌を詠んでいるんです。もしかしたら、そういう趣味とつながっているのかも」

短歌は曖昧な概念を切り取って、短い言葉で再定義して表現するものです。まさに新垣さんの能力を活かせるものですし、ライター業など、様々な職業にも活かせると感じました。

最後に、Break Roomですすめている職業斡旋や職業教育、住居の確保といったサービスも紹介すると、新垣さんは少し明るい声で答えてくれました。

「今すぐには金銭的にも精神的にも難しいかもしれないけど、自立は選択肢として考えてみます。父親のことも、違う角度から見られるようになると思います。お話できてよかったです、ありがとうございました」

目に見える分かりやすい虐待が行われていなくても、親の未成熟な精神性は子供に強い影響を与えてしまいます。それをバネにして跳べる人もいれば、押しつぶされそうな中で闘い続ける新垣さんのようなケースも少なくありません。

こうした「見えない生きづらさ」から目を背けずに、解決策を模索する必要性を痛感させられるインタビューでした。

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取材先:新垣 氷魚(@Hio_Aragaki)
取材・執筆:小野澤 優大(@issinjou)

※追記
cotonohaのインタビューを通して自分の人生を綴ってみたいと感じた新垣さん。

自身のnoteで、cotonohaでは語りきれなかった気持ちや苦しさ、今思うことを記されています。
この記事に多少なりとも共感した方は、ぜひ新垣さんの独白を眺めてみてはいかがでしょうか。

奪われたもの、得られたもの│新垣氷魚